罪と罰って・・・

“鳩山邦夫法相は20日の閣議後の記者会見で、宮崎勤元死刑囚ら3人の死刑を執行したことに関連し、全国紙のコラムで「死に神」と表現されたことについて「粛々と正義の実現のために自らの責任を果たしている」と述べ、反論した。  鳩山法相は「人の命を絶つという極刑を実施するのだから、心境は穏やかではない。しかしどんなにつらくても社会正義のためにやらざるを得ない」と心情を吐露。「(宮崎元死刑囚だって)恐ろしい事件を起こしたが、彼にだって人権も人格もある。彼は死に神に連れて行かれたのか。違う。死刑を執行された方々に対する侮辱でもある」と強調した。”

NIKKEI NET(日経ネット):社会ニュース−内外の事件・事故や社会問題から話題のニュースまで

先日、痛ましい衝撃的な事件がありました。
他にも同様な、人を人と思わない、聞くに堪えれない
ニュースを多く耳にするようになった様にも思うこの頃・・・
そんな罪を犯したモノがどうあるべきか・・・
世界的には死刑廃止論等、罪を憎み人を憎まず的な
方向への考えもあるようですが、裁判員制度が始まると
一般の方々が判断する事になって行きます。
そこで、少し自分なりに考えておこうと思う。
先日、taitaiさんとも、死刑制度の賛否について
話しましたが、とりあえず賛成サイドである。
ただ、自ら死にたいから罪を犯すなんて、ありえない。
”死刑なら楽に死ねる”とか、とんでもない考え・・・
そんな無責任な人の為に、それ以外の関った人々が
どんな苦しみを背負うか考えていないって事。
少なくとも刑務所に入るということは、税金が使われます。
そう、国民全てに負担をさせていると言うことです。
だからあえて、余計言いたい。
例えば1つの命を奪ったなら、自らのその1つの命で
救う事も、補うことも、何の責任をとることもできません。
その1つの命には少なくとも何人かの、想いが必ずそこには
あるし、同時にその気持ちまでも奪うことになります。
ではどうやって、償うか・・・
そんな大きな想いを、苦しみをどうするのか・・・
つまり、してはいけない事であることでしかない。
故に生かされるべきではないのですが、そんな想いを全て
感じて、逝くべきです。
そして、少しでも何かの犠牲になるか、貢献をして
逝くべきです。 絶対、簡単であってはいけない。
あ、腹立ってきた。
最低限、掛かった税金分は稼いで逝け。
政治家の先生方、お願いですから逝かすだけではダメです。
もっとちゃんと考えて下さい。
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